子どもの頃,夏休みの宿題としていろいろな作文が出されていた。
どのように書いたらいいのか,いや,そもそも,どのように考えたらいいのか悩んだ思い出がある。
自由に書いたらいいというアドバイスをもらったが,そんなアドバイスはないのも同じだ。
まったく,役立たない。
起承転結というパターンでというアドバイスもわかった気もするが,役に立たなかった。
米国には,面白い作文の書き方,正確に言うとエッセイライティングの教材がある。
米国のエッセイは,日本の随筆とは違う。
このどこが面白いかというと,発想が違うところだ。
今の日本の作文教育がどうなっているかは知らないが,私の頃は,構造的に物事を発想する訓練は作文の授業では受けていなかった。
たとえば,
主張ー裏付け(データ)ー論拠
などについて文章を書く場合に,意識させる訓練は受けていなかった。
ところが,米国の教材では,これらを構造的に考えさせ,それを文章で表現させる,そのようなものがエッセイと考えているところが面白い。
たとえば,教材でのトピックの作り方はどう扱われているか。
伝えたいこと,教えてあげたいことがトピックだ。
思いついたトピックが十分に具体的かという基準がある。
たとえば,「食べ物」だとする。
それでは広すぎる。
そこで,より具体的に絞り込むようにさせる。
「食べ物」
「人間のための食べ物」
「人間のための健康的な食べ物」
「子どものための健康的な食べ物」
という具合に。このくらいであれば,何かを書けそうだ。
そして,構成要素やアウトラインを考えさせるために,マインドマップなどの図を使う。
わかりやすい。
まるで,ブロックで遊んでいるようにエッセイを組み立てていくことができる。
今になって,米国のエッセイの書き方の教材を読み,自分の子ども時代にこんなやりかたを教えてもらえればよかったなと感じている。
このようなやり方が広まって欲しいと思っている。